第18回・西鶴研究会(2004年3月26日(金)午後2時~6時、青山学院大学)

◇今此娑婆に掴みどりはなし―『日本永代蔵』「身代かたまる淀川の漆」における没落譚をめぐって―
浜田泰彦


 これまで『日本永代蔵』全編の内、巻一~四と巻五~ 六の間に断絶があることが指摘されて久しくなりました。両編の内いづれかを西鶴が先に執筆し、いづれかを後に新しく付加したという成立時期のズレにその裂 け目を見る論が数多く提起されているのは周知の通りですが、両編の内容ないし執筆態度にそれを見るむきもあります。たとえば「身代かたまる淀川の漆」(六 -四)は、起筆の一文「人のかせぎは早川の水車のごとく、常住油断する事なかれ」が「世渡りは淀鯉のはたらき」(五-二)の冒頭文に重複し、「山城にかく れなき与三右が水車」なる副題の通り一章の主人公とおぼしき淀の長者・与三右衛門の記述が計画倒産の例示にあてられた長文にくらべて少ない、など不審な点 が多く、暉峻氏はこの一章をもって巻四までよりも「巻五と巻六は拙速の感が深い」(角川文庫の解説)典型例にさえ付置しているのです。確かに「身代かたま る......」は後半二巻に特徴的な長い訓示と主人公の事跡との間に有機的な連関性が乏しく、諸先達の毀傍に晒されるのも無理もない一章と言えるのかもしれませ ん。しかし、当章で西鶴は本当に拙劣な構成を残す結果に終ったのでしょうか?
 私は本発表で主人公のモデルとなった初代過書船奉行河村与三右衛門と恐らく虚構を加えられた話中の人物との間の微妙かつ巧妙な共通項に西鶴が長い教示に込めた意図を推定したいと思っています。


◇『男色大鑑』と男色物
濱口順一

 『男色大鑑』は西鶴小説の中でも最大の分量を誇る力作にもかかわらず、研究が比較的進んでいない作品の一 つである。『男色大鑑』登場以前は、タイトルに「男色」とあからさまにつけた作品は存在しなかったのだが、『男色大鑑』以降、タイトルに「男色」とつけら れた「男色物」とでも呼ぶべき作品が少なからず書かれるようになる。特に『男色十寸鏡』『男色子鑑』『男色今鑑』などは「○鑑(鏡)」としている点まで共 通している。また、『男色木芽漬』『男色歌書羽織』『男色比翼鳥』も『男色大鑑』と同様の短編集形式の浮世草子である。男色物の存在から、『男色大鑑』の 影響の大きさが伺えるが、男色物は『男色大鑑』以上に、今まで研究されることはなかった。果たして、男色物は単なる『男色大鑑』の模倣作として、無視して もよい存在なのであろうか。
 例えば、『男色子鑑』などは『風流笑今川』で「意気地なくしては衆道成べからざるの旨、男色大鏡、小鏡、其他家々の書に歴然なり」と『男色大鑑』と並んで挙げられ、後には『和国小性気質』という改題本まで出され、再版もされるほどである。
 本発表では、『男色大鑑』と男色物とを比較検討し、各々の作品の特徴を浮き彫りにし、『男色大鑑』と男色物が浮世草子史においていかなる役割を果たし、どのような価値を持っているのかを明らかにしてみたいと思う。
 尚、『男色大鑑』と男色物との関係を検証するためには、『男色子鑑』の作者と思われる山の八の存在がキーポイントになると思われる。山の八は、西鶴と同時代に西鶴以外で男色に着目していた唯一の作家である。

○司会は前回発表者の予定です